

column
2026/5/23

2024年11月、愛知県蒲郡市に大きな衝撃が走りました。新聞5社から合計約5億2000万円という巨額の損害賠償を求める訴訟が提起されたのです。理由は著作権侵害。一体何が起こったのでしょうか。
事の発端は、市役所で日常的に行われていた「社内の情報共有」でした。新聞記事をスキャンしてPDF化し、職員向けのイントラネット(企業や学校などの組織内だけで利用するために構築された、閉鎖的なプライベートネットワーク)にアップロード。約1200人の市職員が自由に閲覧できる状態が、なんと2012年頃から2024年7月まで、10年以上も続いていたのです。
この問題が表面化したのは、内部からの通報がきっかけでした。「これは著作権侵害ではないか」という指摘を受けて、市は情報共有を停止しました。しかし、この情報が新聞社側に伝わり、最終的に訴訟に発展したのです。
「新聞記事の内容は公共のものだから自由に使える」――そう思い込んでしまったのが、今回のトラブルの根本的な原因だと考えます。
しかし実際には、記者が取材し、構成し、文章として書いたものは"著作物"であり、無断で複製・社内共有することは著作権侵害になります。
このような「公共の情報=著作権フリー」という誤解は、決して蒲郡市だけの問題ではなく、多くの企業・自治体に共通する典型的な落とし穴です。
「新聞は事実を伝えているだけなのに、著作権があるの?」――そう思われた方も多いのではないでしょうか。
確かに、純粋な事実の列挙だけなら著作物として保護されない場合もあります。
しかし通常の新聞記事には、記者の取材・情報の取捨選択・構成・文章表現といった「創作性」が含まれており、著作物として保護されます。
記事の構成
表現方法
情報の取捨選択
文章の組み立て
これらの要素により、新聞記事は著作物として法的に保護されています。判例でも確立された考え方です。
今回のケースでは、2つの権利侵害が問題となります。
複製権(著作物をコピーする権利)の侵害:新聞記事をスキャンしてPDF化した時点で複製権を侵害
公衆送信権(公衆に向けて送信する権利)の侵害:イントラネットにアップして閲覧可能にしたことで公衆送信権を侵害
「イントラネットは社内限定だから公衆送信にならないのでは?」と思うかもしれませんが、これは誤解です。特定の組織であっても、相当数の人がアクセスできる状態であれば「公衆」に該当するという考えが既に確立されています。1200人規模であれば、間違いなく公衆に当たります。
5億円という巨額の請求に対し、蒲郡市は争う方向で検討しているようです。どのような反論が考えられるでしょうか。
最も可能性が高いのは、著作権法42条を根拠とした反論です。この条文では、国や地方公共団体が行政目的のために必要な限度で、内部資料として著作物を複製できるという例外を定めています。
しかし、この主張には大きな問題があります。42条の趣旨は、行政事務でどうしても著作物の複製が必要な場合の、必要最小限の許容です。毎日新聞記事をまるごとPDF化し、1200人に閲覧可能な状態で10年以上アップし続けるのが「必要な限度」と言えるでしょうか。
私の見解としては、この反論は通りにくいと思います。
著作権侵害自体はほぼ争いがないと考えられるため、主な争点は損害賠償額の妥当性になるでしょう。新聞社側は「使用料相当額」として算定したと説明していますが、5億円という金額は自治体にとって非常に重い負担です。税金で支払うことになるため、住民の理解を得るのは困難でしょう。
実は、このような著作権侵害事例は過去にも複数発生しています。
鉄道会社が日経新聞や東京新聞の記事をPDF化し、社内イントラネットに掲載した事件では、最終的に賠償命令が出されました。
環境省が新聞記事をメールで共有していた件でも、最終的に新聞社への使用料支払いで決着しています。
同じパターンのトラブルが何度も繰り返されているのが現状です。
公的機関や大企業は職員数が多い分、「公衆」に該当しやすく、著作権侵害のリスクが高まります。また、侵害が認定された場合の損害賠償額も膨らみやすいのが実情です。
組織として以下の対策が重要です。
教育研修の実施:全社員向けの著作権基礎セミナーを年1回開催
運用ルールの策定:新聞記事等の取り扱いに関する明確なガイドラインの作成と配布
チェック体制の構築:社内システムに掲載する前のレビュー担当を設置
専門家への相談:疑問がある場合は弁理士等の専門家に確認
「知らなかった」では済まされないのが著作権の世界です。特に公的機関には、より高い注意義務が求められます。
蒲郡市の事例は、決して他人事ではありません。多くの組織で同様のリスクが潜んでいる可能性があります。新聞記事のPDF化や社内共有は、一見便利で効率的に見えますが、著作権法の観点から大きな問題を含んでいます。
組織の規模が大きくなればなるほど、著作権侵害のリスクも損害賠償額も大きくなります。今回の5億円という巨額の請求額は、知財リテラシーの重要性を改めて浮き彫りにした事例と言えるでしょう。
皆さんの組織でも、今一度著作権の取り扱いについて見直しをしてみてはいかがでしょうか。
ここまで読んでくださった方の中には、
「自分の会社・組織でも、似たような共有方法をしている気がする…」
「過去のリスクを誰かに確認してほしい」
「契約書や運用ルールを整備したい」
――そんな不安を抱えていらっしゃる方もいるかもしれません。
どんぐり特許商標事務所では、特許・商標・意匠の出願代理だけでなく、「著作権に関するご相談」にも幅広く対応しております。
組織の知財リテラシー向上のための研修や、運用ルール策定のサポートも可能です。「これは大丈夫?」「念のため確認したい」――そんなご相談だけでも大歓迎です。
Q. イントラネットでの共有なら著作権侵害にならないのでは?
A. 特定の組織内であっても、相当数の人がアクセスできる状態であれば「公衆」に該当し、公衆送信権の侵害となります。1200人規模であれば明らかに公衆に当たります。
Q. 行政機関には著作権法の例外規定があるのでは?
A. 著作権法42条には例外規定がありますが、「必要な限度」での複製に限定されています。10年以上にわたって新聞記事を全文PDF化し続けることが必要な限度とは考えにくく、この規定での免責は困難でしょう。
Q. 個人が新聞記事を写真で撮ってSNSにアップしたら違法ですか?
A. はい、原則として著作権侵害となります。新聞記事は著作物であり、 無断複製・無断公衆送信は禁止されています。
「引用」の範囲(主従関係・出典明記・必要性 等)を満たす場合のみ例外的に認められます。
Q. 社内資料や報告書に新聞記事を引用したい場合、どうすればいいですか?
A. 「引用」のルール(著作権法32条)を守れば、許諾なしで利用できる場合があります。具体的には:
- 引用部分が明確に区別されている
- 自分の文章が主、引用が従の関係
- 出典(新聞社名・日付・記事タイトル)を明記
- 引用の必要性がある
これらを満たさない場合は、新聞社への許諾申請が必要です。
Q. 著作権リスクを組織で防ぐには、まず何から手をつければよいですか?
A. まずは「現状把握」から始めることをお勧めします:
社内で著作物がどのように使われているかを洗い出す
リスクの高い運用(社内共有・PDF化・転載 等)を特定
著作権の基本ルールを社員に共有(研修・マニュアル)
専門家(弁理士・弁護士)に運用の点検を依頼
小さな組織でも、早めの対策が大きなトラブルを防ぎます。
この記事はYouTubeチャンネル「どんぐり5分知財ラジオ」の動画をもとに作成しています。
動画はこちら → https://www.youtube.com/watch?v=8s1_Q0krNRQ
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別のケースについては専門家(弁理士)にご相談ください。